「アニミズムという希望」 (山尾三省著・野草社)について生意気にも書評じみたことを書こうと思っていたのだけれど、それはあまりに身の程知らずだったということが、この本を読み終えた後の感想だ。

この本は、著者の5日間に渡る琉球大学における講演の記録であるが、わかりやすく論理的で叙情的な語り口とともに多数の詩の朗読や宮沢賢治論、小林一茶論、西洋哲学、インド哲学などなど多彩なテーマを巡ってゆく。その行き着く先、というか基底にあるのがアニミズムだ。

前回ここに書いた、私が読前に思っていたことに対する答えとなるような文章が記されていたので多少長くなるが引用しよう。

「縄文杉は、私にとっては縄文杉というカミの樹なんですが、皆さんもご自分の木というものをこの世界のどこかに見つけるといいと思うんですね。ただ一本の樹木でも、それを自分のカミの樹として持つことができるなら、世界はそれだけで意味を回復します。
(中略)
自分の生きることと死ぬことをかけて大事に出来るような樹木というものを探すことですね。
(中略)
自分の生死を託すほど大事にする木というものを見つけてしまうと、生きるということがずいぶん豊かに、楽になります。
(中略)
それはまったく個人によって成り立つ個人のための宗教です。パーソナルな宗教ですね。パーソナルな宗教の神様を『カミ』といいます。」

「太古の昔よりもっと昔の昔の頃から、人間に深い喜びを与えてくれるものに対して、人はそれをカミと呼んできたのではないかと思うんです。ですからカミの起源は、美しいもの、喜びを与えてくれるもの、安心を与えてくれるもの、慰めを与えてくれるもの、畏敬の念を起こさせるもの、そういうものは何でもカミであり、現代においてもそれはいささかも代わらないと思うんです。」

著者はこのアニミズムという考え方が、現代を生きるにおいて、個人にとっても社会にとっても重要な方法論であるのではないかと論ずる。個人の自由を勝ち得たがために行き場をなくし、経済至上主義という神話に行き詰まりを感じ、環境問題に直面するわれわれが回帰すべき思想だ。

さて、私は今、北海道というカミの地に住んでいる。カミ=アイヌ語でカムイだ。ここにはカミの魚である鮭(カムイチェプ)が住み、山のカミである熊(キムンカムイ)が住む。
足を一歩踏み出せば、そこここにカミが宿っている。それを実感できる土地だ。
この地に住むことになったこと、そしてこの本に出会ったことに感謝をして、明日に向かおう。
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# by akisiko | 2006-03-27 19:06 | | Comments(2)
前回の書評の続きは先送りにして、今回は春の風景を。
東京では桜が咲き始めたようだが、こちらではふきのとうが満開。
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春、真っ先に顔を出す黄緑色。
川沿いの土手はまだ冬色のままだけれども、地中では他にも様々な命がそのエネルギーを噴出させようとうごめいているようです。

北のふきは「アキタブキ」といって、葉が1.5m、茎2mにも育つ大型種。
ふきのとうもジャンボサイズで食べごたえがあります。

ふきの花見をしつつ、まだ開いていない幾つかを摘む。
刻んで味噌汁に散らすのが、その香りが一番生きるので好きです。
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# by akisiko | 2006-03-26 22:47 | | Comments(0)
ここから150kmほど離れた北見という地方都市に立ち寄った際に、気の利いた本屋を偶然に見つけた。規模自体は小さい「街の本屋」なのだが、棚の内容が秀逸なのだ。書店人の知徳を見せつけてくれる店といえようか。こういう本屋は、地方都市では見つけがたい存在だ。そして、そんな店に入ると、どうしてもなにか買わずにはいられない。
そこで買った本のひとつがこれだ。
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「アニミズムという希望」 山尾三省 (野草社)

アニミズムとは、森羅万象の中に霊魂あるいは精霊が宿っているという考えである。私も山や森、また海の中に神さまたちがいると思っているし、それが神道のもとになっているということは知っているけれど、それが現在「宗教」と呼ばれているものとどうつなげればいいのか良くわからずにいる。私はいわゆる「無宗教」なのか否か。日本人の多くが仏教・神道・キリスト教ごちゃ混ぜの多種の宗教的イベントには参加するが、日常的には中立である。はたして彼らは無宗教なのか否か。
日本人は自然が即ち神であるという考えの元に生きてきた民族であるけれども、その価値観はいったいどこから来たのか。
これからも自然の庇護の下で生きていくものとして、この本を読んでみようと思った。
次回はこの書についてもっと詳しく書いてみたいと思います。
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# by akisiko | 2006-03-23 23:00 | | Comments(0)
旭川に住む知人から、天然のワサビを送っていただきました。
きっと旭川のほうでも山は雪に閉ざされていることでしょうが、水温の安定する湧水域に採りに行ったということなのでこれほど緑が息吹いていたのでしょう。
春を先どる山の恵みです。
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酒粕を買ってきて、わさび漬けを作ることにしました。
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少しつまみ食いしてみると、やはり山の栄養たっぷりの土の香りがほのかにします。
爽やかな中にも強い命の味が感じられる。
辛味のほうは、まだ作ったばかりなのでそれほど出ていません。
2、3日してつーんと強烈な刺激が味わえるかどうか、楽しみです。
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# by akisiko | 2006-03-21 22:36 | | Comments(0)

北海道新聞社の本


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「しれとこライブラリー④ 知床の魚類」 (北海道新聞社)

こっちに来る前に神田の古本屋街でたまたま見つけたこの本。
貴重な写真が多くて、魚好きにはたまらんです。そして専門的記述が多いわりにとっつきやすい。淡水魚の章は、北海道のサケ科魚類研究の中心人物、小宮山英重氏が執筆。これを読んでいると、長年の研究成果を記した文の行間に、氏の北海道の川に対する熱い想いが見えてきます。

しれとこライブラリー・シリーズは現在刊行中ですが、他にも「知床の哺乳類」「知床の昆虫」「知床の植物」などが出版されているようです。今でこそ知床は世界遺産になって、関連書もピンからキリまで出ている、あるいはこれから大量に出版されるのだろうけれど、こうやって自然の各部をミクロ的・学術的に捉え大衆に知らせる本は少ないと思います。これからこのシリーズを少しずつ集めてみようと思っています。


住んでいる町の周囲100kmには行くに値する本屋など皆無なのだけれど、それでも郷土関連のコーナーには面白そうなタイトルが並んでいます。
先日購入したのはこの本。
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「北海道 山菜実用図鑑」 (北海道新聞社)

山に緑が吹き出す春にむけて山菜を覚えようと買った本です。
写真がきれいで、かつタイトルどおり「実用的」。どのくらいの大きさの芽が取りごろか、わかりやすい。ちょいとしたウンチクが各所にちりばめられていてとても勉強になります。ある草はアイヌの貴重な食糧だったとか、ある草の根は朝鮮人参の代用として使われていただとか。
北海道の地元の人が食べない山菜まで載っていて、著者の山岸喬という人、相当の知識を有すると見た。この人は他にも「北海道薬草図鑑(野生編・栽培編)」(同じく北海道新聞社)なんていうのも書いていて興味をそそられます。

というわけで、北海道新聞社はなかなかいい本を出しているようです。
北海道の自然を一から学びたい私にはもってこいです。
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# by akisiko | 2006-03-19 14:44 | | Comments(0)
穏やかな太陽が出て、気温が上がった。

町営住宅の猫の額ほどの庭で今年は家庭菜園をしようと思うので、ひざ上まで積もっている雪を除けた。雪を早めにかいておけば地温も早く上がるだろう。でも、播種するのはまだ先のことだ。
夏が短い北海道でナスやトマトやきゅうりなどの夏野菜を育てるより、野菜が不足する冬に備えて大根や白菜を植えたいと思っている。でも、こんな小さな菜園じゃ、冬のあいだに食べるものすべてはとっても作りきれない。思い切って香味野菜だけにしてみようか。寒さに強い果樹も少し植えたいな・・・そんな風に土いじりの計画を思うのは楽しいものだ。

農作物を自分で作ったことなんて無いし、北海道の生活も初めてだ。この菜園が今年うまく行くとは思えないが、やってみなけりゃわからない。

そして山に行ってみると、南向きの斜面ではふきのとうが顔を出していた。
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さっそく摘んで、雪の下から出てきた香りを楽しもう。
群馬にいた頃、おばちゃんたちが春になるといつも作ってくれた「ふきのとうのお焼き」を思い出して作ってみる。
年季の入ったあの味にはかなわなかったけれど、ふきのとうをたっぷり入れたせいでほっぺたの奥のほうまでほろ苦さが染みた。

よし、これで春を迎える準備ができた。
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# by akisiko | 2006-03-16 18:54 | | Comments(0)