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アンドレアの仕事2

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お風呂のモザイクが完成。
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楽しくなるお風呂。
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タイトルは「お風呂ドウゾ」だそうです。
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そしてアンドレアは次なる作品に着手しました。
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これまた素晴らしい出来になりそう。

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by akisiko | 2017-08-08 18:44 | | Comments(2)

アンドレア来日

南米ベネズエラで活動していたときに出会ったアンドレア。
2年間の活動期間の半分が過ぎたころに知り合い、任期が終わるころにはまるで家族のように親しくなった。

この夏、地球の裏側に住む彼女を北海道の我が家に招待することにした。
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情勢が極めて悪い状態にあるベネズエラから果たして無事に日本に来られるのか、大変心配していたのだけれど無事に到着。
7年ぶりの再会。
そして2か月の間、北海道の夏を一緒に楽しむ予定だ。

アンデス山脈の片隅の森の中にひっそりと静かに暮らしていたドイツ人のアンドレアと日本から赴任していた若かりし頃の私。
偶然なのか必然なのか、その繫がりが今もなお続いている。不思議な縁だと改めて感じた。


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by akisiko | 2017-07-05 21:45 | | Comments(2)

ベネズエラの危機的状況

私が2003年から2005年まで滞在していた南米の国、ベネズエラ。
食料をはじめとする物資の不足が深刻化し、多くの市民が苦しんでいる。

産油国であり、自然資源も豊か。
なのに、悪政がこの国を滅ぼしてしまうのだろうか。
ベネズエラの経済的危機が報じられて、しばらくたつ。
そして、今まさに国家としての社会的基盤が崩壊しているさなかである、という記事が、インターネット越しに私の目に届いた。

このブログにはネガティブな内容は載せない趣旨なんだけど、わずかな人たちにでもいいからこの状況をお伝えしたいと思い、こんな悲しい世界の一面をお伝えすることにした。
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スーパーマーケットでは、空の陳列棚が当たり前になっている
出典:ベネズエラで起きていること https://venezuelainjapanese.com/


以下は「ベネズエラで起きていること」https://venezuelainjapanese.com/ からの引用です。

パペロン入りのグアバジュース https://venezuelainjapanese.com/2016/06/19/guayabaconpapelon/

ベネズエラでは、深刻な物不足により文字通りの意味で「食べていけなくなっている」人が増えています。定職に就き、子どもを学校にやり、慎ましいながらもちゃんと生活できていた人たちが、飢えの問題に直面しているのです。

今回紹介するのは、ベネズエラのSNSで人気のツイッタラー、ナキ(@Naky))の職場の警備員の話です。ベネズエラの複雑な政治問題や法制度の問題、経済の問題を知らなくても、子どもたちにお腹いっぱい食べさせるために自分は食事を減らし、さらに自分の職場の人に食べ物をねだらなければならない父親の辛さを想像するのは難しくないと思います。6月19日のニューヨークタイムズの記事によると、現在ベネズエラに住む人のうち87%が十分な食料を買うお金がないということです。

”Guayaba con Papelón”
2016年5月26日 Naky Soto
火曜日の朝、警備員がお願いだから何か食べる物を買ってもらえないか、と私に頼んできた。月曜日の朝食以来何も口にしておらず目眩がするという。私は引き返してエンパナーダを2個買った。自分のためにエンパナーダを買うことはもうない。今のエンパナーダの値段はその材料(食用油、トウモロコシ粉、そして今やその具に至るまで)を驚くほどよく反映しているからだ。私は念を押して売っている中で一番甘いジュースを店員に頼んだ。ストローはもう手に入らないので、ストローなしで出てきたコップからはグアバの香りがした。

空腹が恥に勝り、大の男が数個のエンパナーダのために泣いている姿を前にして、さまざまな感情が湧き上がってくる。彼はエンパナーダをひとつ掴むと、もうひとつはまず茶色の紙袋で包み、それをさらにビニール袋に包んだ。食べ始める前に、彼は包みをさすってこう言った。「今晩のために取っておきます。本当にありがとうございます。」そして一口目を口に入れる前に泣き、一口食べた後に泣いた。それでも彼はなんとか話そうとしたので、余計に厄介だった。彼の泣き声は徐々に激しくなり、涙が溢れ、喘ぎ、鼻をすすり、そしてまたエンパナーダを噛んだ。そうして何度もむせた。必ずしも言葉で悲しみが紛れるわけではないが、それでも、私はなんとか彼の気を紛らわそうとした。そして私の甥っ子のことや、仕事のこと、日曜日の渋滞について話した。

少し落ち着くと、彼は、食事のときは子どもたちを優先していること、子ども優先にすることを奥さんと一緒にほとんど直感的に決めたことなどについて話した。だから彼と奥さんは最近かなり食事の量が減っていた。だが、習慣的な不眠症のために体力は落ち、今朝はもしこれで何も食べなければ気絶すると思ったと。それで思い切って、彼は私に声をかけたのだった。必要な食料さえ買えないような労働者が涙を拭くために紙ナプキンを使ったりするはずもなかった。それでも、彼は将来のことを考えていて、学用品を買い続け、ちょうど自分の子たちより一歳ずつ年上の子どもがいるいとこに教科書や洋服を取っておくように話していた。「いとこはお袋よりもきれいに洗濯する」からだそうだ。

彼が自分の子どもたちのことを話すときの優しい口調に私は感動した。彼はそれをこう言ってまとめた。「私たちが子どもを産んだということは、子どもたちを面倒をみて、守ってやるってことでしょう。」子どもの出産について話すときに男の人が複数形で話すのを私は初めて聞いた。私はオフィスに到着すると、この話をこのような事態に対して感じる怒りのすべてを3件のツイートでぶちまけた。自分の発する言葉の重みも考えず、私はニコラスを罵倒するツイートを4度連投した。いくつか説教ツイートを投稿してから、これらのツイートを消し、分別を取り戻し、怒りに任せるのではなく慎重になることにした。私にはわかる。この先今以上に辛い日々がくること。食べ物を買ってあげることよりも話を聞いてあげることが重要だったこと。この先、私たちのお互いに対する見方が変わるだろうこと。 彼は同じ状況を経験している何百万もいる父親のうちの一人だということ。

何かを食べ終えるのが惜しいときに誰もがそうするように、ジュースをゆっくりちびちびと飲みながら、「わぁ、パペロンが入ってるね、これは旨い!」と彼は言った。

ブログ編者注)エンパナーダとはトウモロコシ粉の生地にひき肉やチーズなどの具を包んで揚げたもの。パペロンとは黒砂糖のジュースあるいはシロップ。

ベネズエラ人の物語 https://venezuelainjapanese.com/2016/06/15/yourstory/

私は救急隊員で救急車に乗って働いています。私は患者を病院から病院へ運ばなければなりません。あらゆる病院に行きました。私立の病院も、公立の病院も。公立病院の状況は想像を絶するひどさです。停電のせいで外科医は自分たちの携帯電話の光を使って手術をしなければなりません。最近では、私は妊婦患者を5つの異なる病院に運ばなければなりませんでした。というのも、どの病院でも保育器がないか、すべて故障していたからです。政府は病院に資金を出さないので、ほとんどの病院では、患者に医療用品を持参するよう頼まなければなりません。多くの病院では、職員に対して期限内に給料を払っていません(ドミンゴ・ルシアニ病院で働く友人は給料を3ヶ月遅れで貰っていました)。最近、14歳の子どもが亡くなりました。政府が家族が薬を輸入することを認めなかったせいで(外貨交換が管理されているせいです)家族は鎮痙剤を見つけ出すことができなかったからです。だから、あなたがメディアは買収されているとか偏向していると考えていて、メディアの言うことを信じたくないというなら、私の言うことを信じてください。私はそこで働いていて、現実はメディアが報じるよりはるかにひどいから。
−ホセ




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by akisiko | 2016-07-26 21:00 | | Comments(4)

「戦争のつくりかた」


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by akisiko | 2016-02-23 19:47 | | Comments(0)

ビートの定植

3月にお手伝いに行ったKさん農場のビートの苗。
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順調に生育して、いよいよ畑へ植えつけ作業となったので見学に行きました。
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定植はトラクター+専用機械を使って行っていました。
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紙ポットを入れればあとは自動でしかも高速で植えてくれる優れもの。
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広大な畑を一直線に植えてゆくさまはお見事です。

ビートの栽培方法には「直播」といって畑にじかに種を蒔く方法もあるそうです。
直播に比べて、苗を作ってから定植する方法のほうが成長が安定して収量も上がるそう。
一方で手間とコストがかかるというデメリットもあります。
種まきや植えつけに人を使わなければならないし、資材費もかかります。
現在のところ、どちらの方法をとるかは農家によって五分五分とのこと。
Kさんちはバリバリやってらっしゃるので苗から作りますが、農家によっては「うちは歳もとってきたし、収量より省エネ省コスト…」っていうところも多いということですね。


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by akisiko | 2014-04-28 21:33 | | Comments(0)
どうやら今年は10周年であるらしい。
なにかというと、青年海外協力隊が南米ベネズエラに派遣されてから10年。

そこで現役で向こうで活動している隊員たちから、10周年記念イベントを企画しているとのメールがかねてより来ていました。
OB・OGであるわたしたちにも協力してほしいとありました。
その内容は、10周年オリジナルソングを作成するので歌詞のフレーズとスライドショーのための写真を募集するとのこと。

もちろん快諾。
日本国内にいるOBたちも喜んで協力したのではないでしょうか。
2年間しか向こうにはいなかったけれど濃密な時間を過ごして、帰国のときには第二の祖国という気持ちを残した人は多いはず。

現隊員は9名とのこと。少人数でこのイベントを取りまとめるのは大変なことだろうと推察します。
本番は今週末だとのこと。がんばって。



さて。
思いおこせば私はそのベネズエラ初代隊員のひとりとして10年前に首都カラカスに降り立ったのでありました。

スライドショーに提供できるような画像がないかPCの奥の方から引っ張りだして当時の記録を眺めていたら、どうにもたまらない気持になってしまいました・・・なんだか懐かしくてね。

職場の仲間、とても仲良くなった友人、旅の景色、圧倒的な大自然の姿。

次々と画面に浮かんでは私の思い出も鮮烈に浮かんでくるのですが、どういうわけか心惹かれたのは子供たちの写真なのです。
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私が配属されたのは農業分野での職業訓練校で、その中でもニジマス養殖担当でありました。
養殖施設には飼育と雑用のおじさんが住みこみで雇われていて、この兄弟はその子供たちのうちの2人です。
派遣されて最初に仲良くなった友達。
私がひとりで作業していても近寄ってきてはちょっかいを出してきたものです。
それからオレンジを分け合って食べたり、グァバをもいで食べたり・・・
今見ても微笑ましいね。今はもうハンサムな好青年になっているはず。元気だろうか?
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友人の農場に遊びに行ったはいいけれど、何もお手伝いすることができずに近くにいたガキどもと時間を潰していた。
かなり貧しい地域で、掘立小屋に着の身着のままという感じで暮らしている。
・・・という言い方は日本人からみた視点であって、現地に慣れてくるとそれが貧しいのか豊かなのか分からなくなってくる。
家のまえのその辺に熟しきったマンゴーがぼたぼたと落ちていて、ひまだからそれを拾って皮をむいて食べた。

それにしてもこの子たちの目の輝き!笑顔の素敵さ!!
なんでこんな笑顔が出せるんだろう。そろって歯が欠けてるし!
兄弟の重ねられた手にすごい力を感じるんですよね。
人間は本来こういう光を持っているものなのです。
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よくなついてくれた雑貨屋の姉妹。買い物に行くついでに遊んであげたんだか、遊んでもらったんだか。
この子たちも偏見のない目で東洋人の私に接してくれたな。
だから自然に友達になれたし、ずいぶん助けられたように思う。
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訓練校の生徒、アンヘル。私が最初にもった生徒の一人だった。
赴任したばかりだったから上手く言葉も通じなかったけれど、心根が優しいやつだった。
そんなことを言えばベネズエラ男子はみんな優しくてスーパーフレンドリーなんだけれど。
しかし言葉もろくにわからない東洋人に、卒業した後もちょくちょくメールをくれたのは彼一人だった。
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by akisiko | 2013-10-26 20:51 | | Comments(2)

ちなみにうちの親方は

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こんなステキなジイサマなのです。
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親方所有のハーレーを試乗。すげぇな、さすがに。
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by akisiko | 2012-09-10 19:38 | | Comments(2)
北見のモッチが来雄。
到着と同時にビールをごくごく飲むモッチ。必然的にエンドレスドリンキングに突入。
いえいえ、おれにとっては骨折の特効薬ですわ。
雄武のキクコ・ティーチャーとオーストラリアン・ロバートも参入。
日本語とイングリッシュが混ざってわけわからん。あぁ、よく飲んだ。ゴチソウサマ。

翌日曜日の本日はリハビリテーション。
スノーシューで結氷した幌内ダムに降り立ってみようということに。
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あそこに行こうじゃないかっていうシンプルなあそび。
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なかなかいい感じでわくわくしながら砂利道を下る。
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湖面に立ってみるとこんな感じ。普段は見られない景色だ。
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いくら歩けどまっ平らな雪原があるのみ。そんなのが楽しいの?結構楽しい。

帰り道に、上幌内神社へ寄り道。
神社にもスノーシューで参拝。なんか、すごく新鮮な感じ。
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それにしてもなかなか渋い神社です。
おれにとっては釣りや山遊びでの安全を祈る(というか、事後報告でありがとうを言う)大事な神社です。

というわけで、ゆるゆるに遊ぶ日曜日が終わりました。
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by akisiko | 2009-02-15 19:26 | | Comments(2)
この夏は何人かの友人が雄武に来てくれて、彼らの新しい風を運んでくれたのでありました。

夏も終わるというこの数日間は、おととしに来雄した常大兄が連れ合いさんの鈴ちゃんと共に訪ねてくれました。

うれしいんだよなぁ、こういうの。ほんとに。

この雄武町は、普通の人にとっては観光地も何もない僻地なのだけれど。
そこに旅費を費やしてまで来て楽しんでくれるその価値観。
そういうのがいちいちうれしいんです。

そうして来ては、わたしたちの日常にない刺激を残してくれる。
わたしたちにない価値観を残していってくれる。

われわれ田舎の肉体労働者は、基本的に同じことの繰り返しな毎日なんですわ。
友人がはるばる東京から来てくれるなんて、盆や正月より大イベントなんだよね!

というわけで。

常大兄と鈴ちゃんには感謝感謝。お礼に・・・

へとへとになるまで遊んでもらいました!やりすぎた感あるけど。

冷凍庫に詰めこんであった雄武産食材も、この際とばかり消費してもらって。

毎日それを食らいつつは酒を飲んで。
この数日間で消費したアルコホル=缶ビール1.5箱にウィスキー1.5本、日本酒とワインがそれぞれ1本ずつ・・・
飲んではウンチクたれあって、またそれを忘れ、同じようなことを語り合い・・・

いやぁ、楽しかったな!!

ちなみに・・・
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大兄と鈴ちゃんはこのように なかむつまじく釣りを楽しむカップルでした。
ステキ。微笑ましくって絵になってて、見とれちゃったよ。
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by akisiko | 2008-08-26 18:32 | | Comments(0)

kazさん、来雄

ベネズエラOB・養殖隊員・旅人・山屋・ランナー・その他多数肩書き有り。
帰国したばかりのKazさんが僻地にまでやってきました。

流氷も来ているので、紋別で流氷を堪能しまくっていただき。
まずは流氷ガリンコ号
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俺も乗ったことなかったんだけど、陸から見るのと海から見るのとじゃ迫力が違います。
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その後オホーツクタワーから紋別港の海中(生クリオネ観察!)を見たり、矢印の大山に登って標高350mから流氷を見たりしました。
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たっぷり観光らしい観光をしたのだけれど、接待する立場の俺のほうが楽しんじゃいました。
地元にいると、こういう所はあえて行こうと思わないもので、いい機会になりましたよ。

それから流氷を眺めながらの温泉。

そうやって雄大な景色を眺めつつも、ひとたび雑談が始まるとベネズエラ関係のディープな話題になっちゃいます。

夕刻。
我が家に来てもらって、待ちかねた一献&お話ざんまい。
雄武在住の友人2人にも参加してもらって、にぎやかな夜でしたこと。

kazさんってホントに凄い人なんだけど、
すごすぎて俺のキャパでは計り知れません。

水産関係の重箱の隅的話題から、
kazさんの刺激的な今後のビジョンまで・・・

実に呑まさりましたわ。
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by akisiko | 2008-01-29 20:30 | | Comments(2)